生きるためのことを、ゆっくりとやる

台北はいい天気。カフェに行こうか、行くまいか迷いに迷って、行かなかった。コーヒーも甘いものも欲しくないけれど、ちょっとカフェの雰囲気が好きなんだよなぁ。さびしいのか、私。

秋の健やかな日差しの中で経理の書類を整理しながら、なんだかあせってばかりでいろんなことを置き去りにしてきたなぁ、後回しにしてきたなぁって思った。秋だからセンチメンタル、、、なんじゃなくて、なんというかこれまでは面倒くさい日常の事を、面倒だから手抜きするとかサッサと終わらせなくちゃと思い込んできたけれど、いまはなんだかそういうことにこそ時間をかけて、ゆっくりとやることが必要な気がするようになったという感じ。

スタイルとしてのスローライフみたいのじゃなくて、自分の心持というか、人生の優先順位みたいなものが変わったんだな。古民家に住んでた時は気ばかりあせってたのに、大都会台北に暮らしてこの心境になるとは。台湾のまったり威力凄まじきなり。

たとえば洗濯物をたたむとき、いつもならできるだけサッサと適当にたたんでた。でもちょっと手をゆっくり動かしてみる、しっかり布に触れて手のひらでピッと伸ばす、一呼吸おいて動く。ご飯を作る時、さっさとしようと思わずに、一品だけでいいからゆっくり作る。たくさんの料理なんて必要なくて、一品とご飯でもいい。なんだったらオーブンにお任せだ。

頭が先走ってあれこれ「なにしよう、なにしよう。あれもしなくちゃ、これもある」と思いがちだから、今していることにゆったりと意識を向けるように気をつけてみる。綱引きみたいだった頭の中が、すぅっと落ち着いて、周りの景色や空気が浮き出るように明るくなる。

生理が終わったのもあるけれど、ここ数日水分を減らし、甘いものを減らして(ひと口ふたくちは食べた)、ご飯は芋粥メイン(体のためというよりただ食べたかったから)にしたら、急にすごく調子がいい。どんだけ胃が疲れていたのか、愕然とする秋の午後。ニキビまでできかかっていた肌も、ほぼ復活してきてうれしい。たった数日、たった3日ほど。我慢なんてしてなくて、体が求めていることと知識が一致した結果なだけ。身体だけで分かるようになるための前段階として、やはり知識のサポートも必要だ。情報じゃなくて、知識。

私の頭はいっつもグルグルしてた。オーバーヒート気味だったよなぁ、とのんびりを心がけているとあらためて気づく。やんなきゃ、やったほうがいい、ばっかりだった。頑張ってた。そりゃ、頑なだったはずだわ。

今日は何をしようかと「悩む」というのも、状況は特殊な気がするけど、自由の中の不自由をまるっきりそのまま生きてきたような毎日だった。心のままに、という言葉は耳ざわりが優しくて柔らかいけれどなんて難しいことなんだろう。心のままに、という言葉を生きることは、その言葉のイメージのように前向きで明るくて健やかなことだけじゃなかった。心には裏も表も中間もぐるりとたっぷりといろいろなものが満ちていて、それをそのまま見つめることからして、容易なことじゃあない。なのにその「心」の「まま」に生きるなんて。

準備にとても時間がかかったけれど、よく言われるようにそれもすべて必要なことなんだろうし、急ぐもんでもないんだからこれでよし。急いだところで、のんびりしたところで、お先は見えてますから。

 

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