やめていく暮らし。減らせば増える豊かさについて

今日は台湾では旧正月の元旦で、春節。

昨日は爆竹や花火が派手にあちこちで鳴っていて、のんびりと部屋の片づけをしたり、手のひらより大きな天然エビで豪華なエビフライ・タルタルソース添え、を作ったり、夜は日本蕎麦を打ったりして満腹ですごした。

元旦の今日はお天気もぽかぽかで、やっぱり二人で家でのんびりしながら、ブログのことなど考えていた。考えるのが好きだから、パッと見何もしてなくてもじつはすごくいい氣分ですごしてたりする。家で一日中ずっとじっとしてても、考えるテーマがあれば(それが自分のことに直結している場合に限り)、充実度100%だ。

持たなくてよかったもののリスト

今日はふと、自分の暮らしのシンプルさを想った。シンプルになるほど、豊かになったな、とも思った。この機会に、これまで持たないように心がけてきて、そしてとてもよかったなと思うものをリストにしてみた。

  • テレビ・炊飯器・掃除機・電磁調理器
  • 電子レンジ・テフロン加工のフライパン・アルミの鍋・サランラップ・アルミホイル・ピーラー・プラスティックのタッパ・シリコン製品
  • 食器洗いの洗剤・柔軟剤・リンスやコンディショナー・消臭剤・トイレやお風呂洗いの洗剤全般・部屋や服の消臭剤
  • 味の素・だしの素、だし醤油やポン酢やタレの素などの化学調味料(酵母エキス・かつおや昆布エキスなど含む)や添加物(防腐剤・酸化防止剤・二硫化硫黄などふくむ)を使った調味料やレトルト食品。
  • 使い捨ての生理ナプキン・ボディソープ・ボディクリーム・ヘアクリームやスプレーなど・目薬・藥全般・バンソウコウ・塗り薬・化粧水・香水・クレンジング

スーパーで買うもの、ドラッグストアで買うもの、がほとんどないから買い物はもっぱら食材をファーマーズマーケットと朝市で。生理ナプキンは布ナプキン。スーパーで買うのはトイレットペーパーとティッシュぐらいかな。買い物がすごく楽になった。

ペットボトルの水や飲み物も買わないから、捨てるゴミも少ないし、朝市で買えばスーパーみたいにプラスチックトレーやパックも出ず、捨てるものがさらに少なくなる。

薬は常備している食材で代用できるし、代用どころかずっとそっちのほうが氣持ちよく体に力をくれることもすっかり経験済み。

家にあるものはすべて安心して食べられるものだし、醤油ひとつとっても本物にしかない複雑な旨みと効能があって、舌と体が喜ぶのが分かる。良い調味料を使うと高くつくと思っていたけれど、逆だったことも大きな発見。買うものが減り、料理が何倍も美味しくなり、そして少ない量の調味料で美味しい料理ができるようになった。いいことずくめだった。

きっかけはテレビを見なくなったこと

今から15年ほど前の香港時代。その頃、経済的に余裕がなくてケーブルテレビの契約ができなかったことからテレビを見なくなり、それが思いがけずテレビ離れするきっかけに。テレビを見なくなると、どれだけテレビCMに購買意欲を左右されているか、ドラマやバラエティに振り回されているか、がよく分るようになるもの。

テレビを見なくなると、まず時間が増える。今までなんとなくテレビを見ていた時間がぽっかり空くから、寂しくて退屈になるけど、そこの使い方が自分なりにさだまってくるとがぜん面白くなってくる。私はまずビジネスについて、それから人生や生き方について考える時間が増えた。寂しくて映画を見まくってた時期もあったけど、映画は2時間で完結する作品で、テレビとはまったく違っていて、人生を考えるいい経験になった。

ひとつひとつのことをじっくり考えられるようにもなった。テレビを見ていると、次から次へと情報が与えられて、興味が移り変わる。でも本や映画は、ひとつのテーマについて自分のペースで考え、思い返し、消化できるということに氣づいた。

それでもまだこの頃は、いらないものがたくさんあった。

京都の古民家が育ててくれた、不要なものを見る目

京都の古民家に暮らすまでは、オーブンレンジも持っていたし、炊飯器も使っていた。スーパーで普通に買い物していたし、もろもろの洗剤やなんかも使っていた。調味料はてらきちさんの影響でエコショップで買っていたけれど、それ以外は(味の素はさすがになかったけど)家にあった。

京都の古民家で周りの人がこだわりの人ばかりで、その影響を受けてスーパーで買い物しなくなり、いろんな情報が入ってきてさらに勉強することになり、中医学や薬膳を学んでさらに、今まで意識していなかった体と食べ物の関係が頭の中でイコールとなり、家になくてもいいものがひとつずつ増えていった。

あれこれと試行錯誤もしたけれど、無いほうが氣持ちいい、ということが古民家暮らしという環境もあって、すんなりと体に馴染むようになった。

馴染むようになると、情報も的確になってきて、選ぶ力もついてきて、初めの頃みたいに戸惑わなくてもいいモノをぐっと選べる力がついてきた。不自然なものはつまらないし、美味しくないし、氣分がよくない、ということが体で分かるようになってからは、迷いも減った。

そして「人生がときめく片付けの魔法」

実際に小さいころから植えつけられてきた購買意欲が減るには時間がかかったけど、いらないものを買わなくなると、それまでひきずっていたいらない物も捨てたくなる。京都の古民家時代には、家をふくめてたくさんの物を所有していたけれど、ある日、FBで友達が紹介してた「人生がときめく片付けの魔法」という本を買いに走った。

その本に書いてあるように、ため込んでいた服や物を思い切って処分した。時間がかかったけど、あの爽快感!そしてたしかに、わだかまっていた心の中まで掃除できたようで、すっきりしたなぁ。服も本も小物も、格段に少なくなって把握できるようになった。

台湾移住時にすべて手放す

その後、会社設立して移住した台湾。

その移住の時には、もう本当に必要なもの以外すっぱり手放した。家も手放したし実家はすごく狭いしで、置いておく場所がなかったというのもあるけれど、これはもう、物を整理するタイミングだと直感した。それに、必要なもの以外持っていたら、台湾で今後の展開が読めない中、動きも鈍くなる。サッと動けるように、驚くほど少ないものだけを持って引っ越した。

買ったばかりのものや、ほとんど使っていない物、苦労して探したものや、もう手に入らないものもあったから、正直言って手放さなければよかったと思い出す物もある。でも結局はすっぱり手放してよかったと心から思っている。だって、あのタイミングで手放したからこそ、次の世界を見ることができたから。置いておいても、結局は使わないということになっただけだろうから。

本当に欲しいものだけを、最低限持つ暮らし

それが、今の暮らし。

最低限だけど、吟味しているから鍋もフライパンも、土鍋も包丁もひとつひとつ妥協していない。私のその時のベストのものを選んでいる。数が少なくていいようにじっくり考えたから、たくさん買わなくていい分、きちんと作られたものを選んだ。本当に欲しいもの、が分るまで買わなかったし、これまでの経験から、迷ったら買わないということを決めているから勢いで買ってがっかりすることもない。

できるだけ実用品以外は買わない。飾りのための装飾品は、アイディアで手ぬぐいや季節の花を利用する。服はいまだによく失敗するけど、失敗したと思ったらもうぐずぐずせずにボランティアボックス(台北では街角あちこちにある)に寄付することにしている。

いろいろ日用品で買わなくなったものは、もちろん、京都の古民家時代から学んできた知識があるからこそ。体に悪いもの、環境に最悪なものを、企業の戦略に乗せられて買わされるのは、もうまっぴらだもの。体と相談しながら選ぶと、物は自然と少なくなっていく。それだけ、今の生活にいらないもの、体に負担の大きなものが身の回りにあふれていて、買わなくていいものがこんなにも多い、という事実にあらためて驚かされる。

物が少ない暮らしは、気持ちいい。

頭を使えばあれこれ代用できるし、ピーラーなんてなくても、包丁一本で料理はできる。安心な野菜を買えば、皮はむかなくていい、どころかむかないほうがいい。炊飯器なんてなくてもふつうのホーローの鍋ひとつで20分もあればご飯は炊けるし、土鍋があれば炊飯器よりずっと美味しく炊けてしまう。

不安なものが減るから、安心が増える。
すべての持ち物が把握できるから、心にモヤモヤしたところがなくなる。
必要なものがはっきりわかる。
いつでも動けるという安心感がある。

この記事を書きながら、減らせば増える豊かについて、じっくり味わうことができた春節の元旦でした。

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