目先のやりたいことから自分の真ん中をたどるプロセス

最近、てらきちさんと二人で人生についてじっくりと考える時間が増えている。というかここ2週間ほどずっと「どう生きるか」について二人で語っている。

これからも二人で暮らすことを前提としていても、一人一人違う人間だから向かう方向はそれぞれかもしれない。だから、生き方を考えるときは、まず「自分はどうか」ということを大事にする。というか、それしか考えなくていい。二人で暮らしているから一緒の未来を描く、んじゃなくて描いた未来に二人がいたほうが都合がいいなら一緒にいるだろう、これが私たちの基本的な考え方。夢がないように聞こえたとしても、真実は厳しく冷たく見えて、実は一番優しく温かい、そんなもんだ。結婚して幸せになりたい、なんて女子がいたらぜひこの辺りをしっかりと理解してもらい、あなた自身の本当の幸せのために、夫婦の本当の幸せのために、あなたはあなた自身を優先しなくてはいけない。

話がそれたけど、とにかく毎日、てらきちさんと二人でお互いのあり方を確認している。なんでかというと、まず京都の町屋に暮らしたくなったのがきっかけで、そしたら犬と暮らしたくなって、そしたら日本に家があるのもいいよねって話になった。思い付きからおよそ1週間の出来事で、調べまくって京都の町屋にも詳しくなったし、台湾のパグ・フレンチブル事情にも詳しくなった。ブリーダーのところまでパグを見に行ったし。

その都度、望みに合わせて動きながら、その望みが自分のあり方にそっているかを考える。それはつまり、今自分がどんな暮らしを望んでいるかを考えるきっかけ。本当に犬と暮らすのか、日本に家を構えるのか、それはやり方。大事なのはそれが在り方にそっているか。

だから、その暮らしを現実化したら手に入ると思っている何かを明確化する。はじめは妄想レベルだからはっきりしないものだけれど、そこを掘り下げてみる。町屋暮らしで得られると思っているものは何かを考えてみた。

  • 地に足がついたおだやかで循環する暮らし
  • 成長できるよい仲間と出会える
  • 興味を惹く発信ができる
  • 境界があやふやだから人とうまく付き合える自分になれる
  • ぷらっと歩いて美味しくて昔ながらの食材を買いに行ける
  • 着物を着るいいきっかけになる

まずこれを在り方に照らし合わせてみよう。

私のあり方は「おだやかで、循環していて、満ちている。私という命への尊敬」だから、町屋暮らしで得られると思っているどれもがばっちりあっている。

さて、「これらが欲しい」と思っているということはつまり、「今これが足りない」と思っているということ。私の場合、行動することは経験が多いから簡単にできる。でも、また住む場所を変えても、問題(自分が求めている変化、成長)から逃げているかぎり、落ち着いたらまた足りないものが見えてくる。これももう経験済み。だから、町屋に暮らしたら得られると思っているもので自分がどう変わると思っているのか、を考えてみた。

  • 地に足がついたおだやかで循環する暮らし

私は今の生活が地に足がついておらず、バタバタしていることに不満があるらしい。では、地に足がついた暮らし、穏やかな暮らしって何だろう。信頼して買い物できる場所があって、美味しい食材が買えて、氣兼ねなく話せる人、氣軽によれる店があって、何よりもビジネスがまわっていること。ごはんを作って、食べて、ゆっくりしたり、片付けたり、暮らしが続く場所があること。今の私、どこにいても半分ぐらいはすぐどっかいっちゃいそうな気配で暮らしてる。でも、どうしておだやかで地に足をつけることが望みなんだろう。京都の古民家に住んでいていろいろ経験したけど、あの時はやっぱり都会がいいなって思ったんじゃなかったっけ。なら、ただのないものねだりで、本当はその暮らしの先に自分らしさを表現することさえできたら満足なのでは?

  • 成長できるよい仲間と出会える

今良い仲間がいないという意味ではなく、自分が成長できてないということの氣がするな。問題は周りの人ではなく自分にある。

  • 興味を惹く発信ができる

これは、自分にとって興味をひくという意味だから、どこにいても同じことだな。

  • 境界があやふやだから人とうまく付き合える自分になれる

人と「うまく付き合う」ってなんだろう。もっとダラダラした感じで、いつ人が来てもウェルカムになりたいのか?でも自分の性質的にそれは楽しめないだろう。場所というより、服装とか家がそれなりに片付いているとかそういうことのほうが影響しているのでは?あとは数を踏めば慣れるだろう。本当にそうなりたいなら、の話だけど。

  • ぷらっと歩いて美味しくて昔ながらの食材を買いに行ける

これは台湾でもできるし、町屋とは関係なく環境の問題。しかも今台湾でこの状態なんだよね。

  • 着物を着るいいきっかけになる

台湾で着物生活ができないと思っているのは、環境的に湿気が多いから保存しにくいとか、着ていくところがないというところだな。でも台湾でもきっかけをつくれば着物を着ることはもちろんできるし、普段に着たっていいじゃないか。台湾で練習して日本にイベントがあるときに日本で着物で参加することは十分可能だ。よい友達をつくる素敵なきっかけにもなるだろう。

こうして書いていて分かったことは、今、私が求めていることはよりよい住居や犬との暮らしじゃない。ビジネスだ。だから、ビジネスに都合がいい場所で暮らすことこそ、私の望みで、問題はどこに住みたいかじゃなくて、どんなビジネスをして暮らしたいのか、だ。働き方は、生き方。食べ方についてはかなり突っ込んで考えて、あれこれためして落ち着いてきた。だから次は、働き方なんだ。私は物書き、という意識をはっきり持って今から毎日を暮らすんだ、ということが分かってきた。私は文章を書いて暮らしていくんだ、ということがはじめて自分の中で腑に落ちた。どう生きるか、の核心的なところがはっきりして、やっとやっと、長い迷いが消えたような感じがしている。

目先の希望は、本当の望みとつながっている。うまくたどっていけば、ど真ん中にたどりつける。

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