台湾に来てはじめて芽生えた、日本人という意識

台湾に暮らすと「日本人」はプレミアがつく。スペインにもカナダにも香港にもハワイにもそれなりの期間住んだけど、こんな待遇を受けるのは台湾がはじめてで、いまだになんだかこそばゆい。スペインの田舎にいた時は、「チナ(中国女)」と道端でさげすまれたりしたもんだ。

台湾では「日本人」だからかっこいい、素敵だ、おしゃれだ、というだけじゃなくて、「日本人」だからきちんとしているだろう、善い人だ、信頼できる、というイメージがある。だから、何をするにしてもすごく話がしやすくて、氣持ちいい。

そして私はやっぱり「日本人」だから、期待に沿って「ちゃんと」した自分を演出するし、期待に応えようとして自分の善い面を多分に発揮して暮らしている。そしてこれが、思いのほか氣持ちいい!

善い自分を期待されて、そのとおりに行動するってすごくいい氣持ちだということを台湾に来てはじめて知った。

これは、学生時代に教師から受けてきた「良い子でいなくてはいけない」という無言の期待というかプレッシャーとはまったく違うし、社会に出てからの「女はこう振る舞うべき」「社会人はこうあるべき」というプレッシャーともまったく違う。

何が違うのかと考えてみたら、期待という言葉には2種類あって、ひとつは「期待というプレッシャー」、もうひとつは「期待という信頼」なんだなぁと。台湾では「日本人なんだからこうあれ!(期待というプレッシャー)」なんてことは誰も思っていなくて、日本人に良いイメージを持ってくれている台湾人がいて、彼らはその良いイメージフィルターを通してただ日本人全体を見ている。日本人とはいえ個人である真坂かなとはまだ面識がなくても、日本人というフィルターを通して真坂かなを見るから、その言動には日本人に対する信頼がにじみでる。それは私からすると、初対面なのにかなりの信頼レベルから関係がスタートするという不思議な状態なんだけど、その信頼ベースの期待が、私の良いところを引き出してくれる。

良い人は裏切りたくない私。GiveされたらバランスをとるためにGiveで恩返ししようとする私だから、すごくピッタリとお互いの愛が通じ合う、といった感じ。

そして、台湾と日本の歴史が私の日本人としての尊厳に火をつけた。私は海外に出る若者にありがちな「日本はダメだ。日本の考え方は古いしかっこ悪い。アメリカやヨーロッパがかっこいい」という漠然としたイメージをずっと持っていた。さすがに、ある程度海外に出て暮らして英語が話せるようになって、さらに人生経験もそれなりに増えるにしたがってそんなバカな考えはなくなったけれども、日本を素晴らしいと思えたことはほとんどなかった。

それが、台湾に来てすっかり変わったのは台湾人が日本人に特別な氣持ちを持ってくれている理由を知ったからだった。それは歴史、それも近代史にあった。

日本の学校では近代史を学ばない。

でもその近代史にこそ、日本人の本当の姿がある。日本人としての誇りが、そしてまた過ちが。

私の先祖が、日本という国に暮らす日本人という民族が、今ここに生きる自分と濃くつながっていながら、まったく違う文化習慣の中で何を守り、何を信じて、どのように生きてきたのかを知らないまま、どうして私達は私達であれるだろうか。本当のゼロから自分というアイデンティティを作り上げることが出来るほど強い人なんて、いないだろう。歴史と民族というのは私達の核としてそこにあって、だからこそ私という肉付けが可能になる。

近代史に浮かび上がる日本人の思想、行動、それは、私達がしつこいほど学校で学んだ縄文時代の埴輪(はにわ)や、卑弥呼(ひみこ)や、豊臣秀吉が何年〜何年まで生きて、大化の改新が何年に起きたか、なんてことよりもずっとずっと大事な、私達の本質。

そこから生まれる、日本人である私として考える力。

日本は台湾を統治していた時代がある。しかもほんの数ヶ月だけれど、台湾は正式に日本だった。その統治の間、起きたことがすべて素晴らしかったわけはない。慰安婦の問題や従軍の問題、もちろん戦いで死んだ人たちのことや、支配する立場特有の振る舞い・・・。

だけど台湾統治時代に、植民地としてではなく新しく日本になった土地として日本人は台湾を、文字通り命をかけて開拓した。街の水道や道路や電氣やダムといったインフラを整備し、品種改良や土地の開発で田んぼやさとうきび畑を増やし、殺されながら原住民と交流して学校を作った。日本語を使うことで原住民同士ははじめてお互いに交流できるようになり、これまで部族間で争いあっていたものが和解した。

これらは出来事だけれど、その陰には人生をかけてこれらを成した日本人がいる。その人の人生や生き様、土壇場で何を選んでどのように命を使ったかということを知るだけで、どうしたらいいのかわからないほど涙が出る。

台湾には何人もの日本人が「神様」としてお寺に祀(まつ)られている。たしかに神話みたいな逸話もたくさんある。でもそれも元は、たった数十年前に、なま身の日本人が成したことであり、異国の地で死後に神様として祀られるほどの信念で行動を貫いた日本人がいたという事実だ。

私達の祖先は素晴らしい信仰を持っていた。それは特定の宗教ではなく、島国に暮らす人間として、自然への畏怖や工夫による協調から生み出された自然にそった考え方。生き残るために力を合わせること、多数のためにひとつの命を投げ打つ強さ。他者や動物の命を、同じ命としてまっすぐに慈しむ心。

今でも原住民の人たちは親やおじいちゃんおばあちゃんが普段話しているという日本語を聞かせてくれる。「どこ行こか?」「とうちゃん、かあちゃん」「頭コンクリート(頭がかたいの意味)」なんて不思議な言葉も。そして、日本人は素晴らしい、とまっすぐに目を見て、言ってくれる。

台湾に来てはじめて私は日本人としての誇りを知ることが出来た。それは、台湾で知った日本人の祖先たちが素晴らしかったからだけじゃない。祖先が成したことが素晴らしかったことは本当に喜ばしく誇らしいけれど、それにも増して、その考え方や信じるものを歴史ではなく自分とつながるものとして感じられたことが、私を日本人として目覚めさせた氣がする。その舞台として、台湾はもっともふさわしかったんだろう。

歴史は、そこで行われた判断をジャッジするために学ぶものじゃない。もちろん記憶してテストに答えるためでもない。そこにいた一人の人間としての祖先を知り、同じ人としての苦悩と決断を知り、出来事と結果を知り、今ここにいる自分のルーツを感じて、自分を自分として育てるために知るものだと思う。

  • 台湾と日本の歴史を少し知ることで、私の世界に奥行きと深さが生まれた。

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