自分についてきたたくさんの嘘と、計画したり、頑張ったりしない生き方のこと

引っ越して1週間、毎日家がある喜びをかみしめながら、のんびり荷解きをしている。朝は外のウッドデッキで、海を見ながら朝食。
田舎だからいろんな虫がいて、ヤモリがいて、しょっちゅう叫ばされるけれども、朝の5時半に冷蔵庫修理のおばちゃんが来たりするけれども、この空気の良さと景色の良さは何ものにも変えがたい。
こんなにのんびり荷解きをできるのは、2ヶ月間の家なき子生活のおかげ。必要最低限の服や調理器具や生活用品はすでに持ち歩いていたから、そのままでも不自由はない。だから、急がないけど邪魔だから片付けようか、という感じ。
その中で、これまでのちょっとしたメモやノートが出てきた。見返してみると目標ややるべきことや、目指す生き方なんかがあちこちに書いてあった。
いろんなことが嘘だったなぁ。自分でも気づかないまま、自分に嘘ばっかりついてきたなぁ。やったらいいこと、やるべきこと、人の役に立つ方法、みたいなことばかりメモに残っている。
薬膳やりたいっていうのも嘘だったし、料理も嘘だったし、養生の知恵を伝えていきたいとか、会社を大きくしたいとか、いろんな人と協力していきたいとか。
嘘だったというとちょっと違うんだけど、結局私が望んでいたことは、もっともっとシンプルなことだった。別にその一つ一つを「学び」だとか「成長」だとか「ビジネスに活かす」だとかしなくても、「ただ好きでやって」ればそれでよかったんだ。だから、やってみたけどしっくりこなかったのにしがらみがあってやめられていなかったこと、をやめてすごく良くなった。まだやめられてないやつは、今やめようと動いている。
するとスムーズに、軽くなった。軽くなるといろんなことが見えてきて、舞い込んできて、スッキリと収まっていく。その収まり加減があまりに絶妙でびっくりする。
自分で計算して何かをしよう、がんばろう、こうしようっていう流れじゃない。「あ、それ考えてもなかったけど、そうなったのね」という感じ。それがまたタイミングもなにもピッタリとくる。そうなるべくして今までがあったか、と思える。引き寄せとかそういう大げさな、特別な感じでもなくて、ただ当たり前に自然にそうなる。
だから毎日のんびりとしている。人生が上手くいくように計算したり、画策したりしなくてよくなった。計画してもしょうがないどころか、しないほうが得策と経験すればするほど、「ま、なるようになるでしょ」「どうにかなってうまいこといくでしょ」と人生への信頼がますようになった。「なにかすること=いいこと」とか「頑張ること=成功」というタガが外れてみると、今まで悩んで頑張ってきたことが自分の足かせになっていたことが分かった。
頭で計算して企画して、がんばってうまくいくことより、身体と心をゆるめて「おぉ今楽しいねぇ、幸せやねぇ」とやってたら思いがけない感じにうまくいく、そのほうがずっと楽しい。てらきちさんがずっと教えてくれていたことが、やっと体感できるようになってきた。

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