勇気がいるけれど、かっこ悪いことだと思うけど、だからこそやめようと思う

いろいろ「嘘」をやめていくと生き方が自由になってくるから、自分の中の重さに気づくのがはやくなってくるもんだ。

本当はずっとやめたかったこと、でも自分をだましだまし引きずってきたことをやめようと思う。勇気がいるけれど、かっこ悪いことだと思うけど、だからこそやめようと思う。器じゃなかった、ってことはいいことだ。

すごくすごく重たかったんだなって気づけるのは、本当にやめると決めたとき。フリじゃなくて本気で決めたら、体がふわっと楽になる。そしたらそれは自分にとって本当のこと。人にとってどう見えるかなんて、どちらにしても問題じゃない。そのことを何度も自分に伝えて、伝えて、伝えてやっと決められることがある。

ぽっかりと穴が開く。そしたらその穴に良いものが流れ込んでくる、んじゃなくて、その穴からたぶん私がはじめて見るものが見えてくる。見たことがない自分。弱くて小さくてつまらない自分。

良い自分を目指すんじゃなくて、今の自分を受け入れる。それは少しみじめに思えるかもしれない。でも本当に受け入れてみると、その小さな小さな自分はとてもしっかりと硬い軸になる。

これからその自分に巻き付いていくさまざまは、これまでの嘘の自分に巻き付いていた様々とはまったく違う、きっとこれまでではじめての本当のこととなる。

役に立つこと、世間体のよいこと、進歩すること、成長すること、そんなことは本当は大事じゃないのかもしれない。素敵でいること、尊敬されること、人より優位に立つことのために何かをするなんて、選ぶなんて、頑張るなんて、まったく面白くないことだったんだね。

はじめて、ダメな自分のまんまでさらけだそう。

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