頑張ることじゃなく、強くなることじゃなく、やりたくないことを全部やめたら楽園にいた

世間には、「知ったほうがいい情報」がたくさんある。幸せになる方法、お金持ちになる方法、運を引き寄せる方法、なんてものまで。だから迷ってあれこれ手を出してしまって、結局なにがなんだか分からないままずっと迷っていた。

一番大事なのは、自分自身からはじめること

情報からじゃなく、自分自身からはじまる、それがすべての基本なのに、ついつい情報を受け取ることに慣れすぎてしまって、自分から考えることをやめてしっていたんだなぁと思う。やるか、やらないかに惑わされて、自分に必要なのかどうかが分かっていなかった。
だからそこには自分がいなかった。決めるときの判断基準もあいまいで、やめ時もわからない。よさそうなものを見つけたら、続けているうちにやめられなくなっていったりした。だから、いつまで経っても自分は見えてこなかった。

感じて、考えて、経験して、また考えて、自分で選んでいくことが生きるということ

私は20代の半分は海外に暮らし、今は台湾の台東で暮らしている。
台湾の最後の楽園、台東。まだ日本ではあまり知られていない場所。私自身、つい数ヶ月前まではまったく知らなかったこの地に引っ越して、これまで20年以上迷って悩んできた「生き方・暮らし方」の集大成を表現する時期だと感じている。
私はずっと「上手く成功して幸せに豊かに暮らすにはどうすればいいのか」を考えて、迷い続けてきた。
悩んでいた間、思いつくことを手当り次第にやってもみた。それで、一般的な就職や結婚や出産といった生き方とは違う道に進み、迷い、その結果、海外暮らしが長くなって外国語もそれなりに話せるようになった。いろんな国の人と話し、文化を知り、食を知った。海外に暮らすと、日本を多面的に見られるようになり、とらわれていた常識からも少しずつ解放されていった。

「人のため」になんて生きられるわけない

日本人は「人のため」という言葉が好きだ。免罪符みたいに。私も惑わされていた時があった。
でもね、人のために生きるには限界がある。自分よりも他人の目や社会のシステムや人間関係を優先してばかりいれば、ストレスしかたまらない。いつか自分が見えなくなり、型の中でいびつになった自分の苦しみさえも感じられなくなっていく。
情報に左右されて、会ったこともない誰かがすすめる健康法をそのまま取り入れても、体は回復しない。そこには、根本的な原因について考える、という大事なプロセスが欠けているから。自分を悩ませる問題の原因はすべて自分の中にある。体の問題も人生も、結局は同じだと気づけたのは、中医学を学んだからだった。
誰かの基準、を卒業して自分の基準を築いていくことを意識しはじめて、食べ方・働き方・人付き合い・家、さまざまなことについて自分の感覚や経験から基準を築いていけるようになった。時間がかかったけれど。
怖かったのは人と違ってしまうこと。でも特別でありたかった。そのうち、周りの人の意見は自分の意見ではない、ということがはっきりと体の感覚としてわかってきて、いい意味ですごく割り切れるようになって、生き方がとても変わった。八方美人だった私は、香港時代に付き合う人を選ぶようになったことが、大きなスタートだった気がする。

そして、私は自分自身の王になった

そんなこんなで20年悩んで、時にはやけになったりしてみて、ついに私は、自分自身の王であるという生き方を選んだ。
これまで苦しかったいろいろが、少しずつほどけていく。
いい自分になることをやめて、ダメで素晴らしいことを認めるようになった。
できないことを頑張るのをやめて、やりたいことに着目するようになった。
自分にダメ出しをやめて、自分を尊敬し、尊重することにした。徹底的に。
そうしたら、台湾の最後の楽園といわれる台東の小さな家で、ウッドデッキから真っ青な美しい海と雲がたなびく荘厳な山を見ながら、文章を書いたりご飯を作ったり庭の果物をもいで食べたりする暮らしをするようになった。夕方は、海に行って砂に埋まったり泳いだりする。見渡すかぎり海で人もほとんどいない浜辺。

やらなくちゃいけないこと、なんて本当はひとつもない

これまでは、
人生頑張らなくちゃと思っていた。
やるべきことをきちんとやらなくちゃって思ってた。
リストを作ったり、スケジュール帳を持つことは大事なことだと思ってた。
はじめたら一生懸命がんばってできるだけ続けなくちゃと思ってた。
やめるなんてダメなことだと思ってた。
逃げちゃダメ、踏ん張って頑張れば報われるって思ってた。
遊ぶのは頑張ってから、大事なのは仕事や用事だと思ってた。
ひとつのことに一心に打ち込むことがいいことだと思ってた。
みんなに好かれるのがいいことだと思ってた。
自分らしさを探さなくちゃと思ってた。
きれいで若々しいのがいいことだと思ってた。
でもやっと分かったのは、やらなくちゃいけないこと、なんて本当はひとつもない。
すべきこと、なんてひとつもない。
やめてもいい、続けられなくていい、頑張らなくていい、頑張れなくていい、逃げていいし、たっぷり遊んでいい。自分らしさなんて分からなくていいし、気持ちがコロコロ変わっていいし、ちゃんとなんてしなくていい。
人生は、どう転んだって大丈夫なんだということだった。

カッコよくなくていい、与えなくていい

ひとつずつ、自分の嘘に氣づいていくうち、たいそうな自分じゃない、立派な自分じゃない、情けない自分と一緒に笑おう、と思えるようになった。な〜んにも出来なくてもいいし、与えなくてもいい。イヤって言っていいし、そんな自分を無理せず受け入れられるようになった。素敵じゃなくても、カッコよくなくても、すごくできる人じゃなくてもよかったんだって。
大事なのは頑張ることや我慢することじゃなくて、
自分で考えて、経験して、腑に落としていくことだった。
自由の裏にある責任ごと全部引き受けることだった。
それが、自分の脚で立つということだった。
私はお金があれば自立できて、きちんとした大人になれると思っていた。
でもね、お金を稼ぐことが自立なんじゃない。いい会社、結婚、子供、いい家、高い車なんてただのオマケ。
本当に一番大事なことは、自分で考えて、自分で選べる人間であるということ。年齢なんて関係なかった。
強く頑なになってなんとか努力して頑張ることも、他の人にすごいと言われることも、まったくすごいことなんかじゃなかった。親や会社や社会や世間に評価されることさえも、まったく二の次だった。

思うままにやめていったら、楽園にいた

頑張って成功して幸せに豊かになろうとするのをやめて、我慢してたことを全部やめて、やりたくなかったことを家事まで全部やめて、本当に自分に心を開いてみたら、私は美しい楽園の台東にいて、花を見て果物を摘んで、ウッドデッキ海を見て、本を読んで、ご飯を作って、優しくて楽しい夫と犬師匠と毎日海に行って、美味しいもの食べて、地ビール飲んで暮らしていた。毎日いいねぇ、幸せだねぇ、来年は何してるかわからないねぇ、楽しみだねぇ。
明日のことが見えないことが、楽しみで仕方ない。
今日何をするか、今日何をしないかが、一番大事なことだから。

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