変え「なきゃいけない」ダメな私、なんてない。今ここにいる私が、私そのもの

私は王である。
今ここにいる私が、私そのものである。
期待にそうから素晴らしいんじゃない、役に立つから、価値があるから素晴らしいんじゃない。

やっと自分探しを終わらせることができた。

自分探しなんて意味がないということもよく分かった。「自分探し」をして、「自分らしい生き方」を模索している人がいたら、やめたほうがいいよとアドバイスしたい。

まず私は、情報に踊らされていたから、「本当の自分」なんてものがあると思っていた。

基本が間違っていた。本当も偽もない。私は私だったのに。本当の自分を探すために、頑張っていろいろと学んで、もっと新しいことに挑戦すれば、自分にとっての「これだ!」が見つかるだろう、なんでかそう思い込んでいた。そうすれば、私の欠点の「続けられないこと」もきっと克服できるし、スーパーマンみたいに別人になって一気に世界に羽ばたくだろう、ぐらい思ってた。

でも、本当の自分は「ここじゃないどこか」じゃなくて「ここ」に居た。

自分と向き合うだけで、よかった。向き合って、認めて、信頼できたら、それだけですべてよかった。答えなんてないんだから探す必要もなかったのに、知らなかったから一生懸命探して、外ばっかり、新しい知識ばかり、まだ知らないことばかりを求めた。次のことが私を変えてくれる、って。

でも本当に必要だったのは、自分をしっかり見つめることだった。向き合うことだった。

自分のいいところを探すとか、悪いところを改善するとか、そういうことじゃない。それもすればいいけど、その神髄は、自分が本当にどう感じているのかを知ることだった。私は、私自身のことを全く知らなかった。だから、ここにいる私を無視して、理想の私を求めてばかりいた。

 

それは全部「今の私はダメだから」という自分へのメッセージだった。

「もっと頑張れるはず」
「もっときれいになれるはず」
「もっとちゃんとできるはず」
「もっと丁寧にできるはず」

いつだってダメな自分ばかりが目立って、「ただここにいるだけでいいんだ」なんて自分を認めたことはなかった。思い返せば両親は、ずっと私をそのままで認めてくれていたのになぁ。

ダメだしをやめて、頑張るのをやめて、今の自分をそのまんまに見るようにしていたら、今ここにあるもののありがたさや、どれだけ自分が変わってきたかに気づいた。

なんか私って本当はまったくすごくない、すごくないけど、なんかこれでもいいんじゃない、っていうかしょうがないしね!と思えて、すごくなくていいってはじめて思えたから拍子抜けしたけど、うれしかった。つまんないこともやってみたくなって、そのつまんないことって、自分が勝手にやる価値があるとかないとか判断してただけのことだったということに気づいた。

  • お金になること、スキルアップすること、成長できること、が「いいこと」
  • それ以外は無駄で「よくないこと」

いつの間にかその価値観に支配されていて、何をするにもその物差しで測っていた。望みと行動が別々で、だからいつも何かが足りない感じがしていて、なぜか分からないけどなにかに焦っていた。

でも、私のままでいいということは、悪い自分を変えることじゃなくて、良くないところをなおすことじゃなくて、ただ、本当にそのまんまという意味で、ダメだって思うことも頑張れないところも続けられないこともそれでもいいんだなって、まぁそれもしょうがないなって気持ちよく思えるってこと。

変え「なきゃいけない」ダメな私、なんてないってこと。

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