遊びは飽きる。だからめいっぱい遊ぶといい

遊んで暮らしたい、と昔は思っていたけれど、さんざん遊んでみたら、遊んでばっかりじゃつまらん、ということに気がついた。

頑張りすぎてるときにちょっとぐらい休んで遊んでも「遊んでばっかじゃつまらんのや」、は実感できないだろうから、めいっぱい飽きるまで続けるのがコツ。1年とか2年とか、期限区切らずそういう単位で。

遊ぶって、忙しさの合間にすることだから楽しいのか、っちゅうことが分かる。ただダラダラしてるだけじゃつまらんなって思う。きれいなビーチで昼からビール飲んで本でも読んで、なんてまったく魅力的に思えなくなった。やればいいじゃん、って感じ。いつでもできるし、もうやったし。それたいして面白くないし。

楽園的なところに住むのも、魅力ないなってわかった。

ハワイ島も2か月暮らして飽きたし、台東もハワイを超えるパラダイスっぷりだけど、自分の求めているものはなかったなと。楽園に住んで本当に良かったのは、楽園暮らしをやってみたことで何を求めていたのかに気づけたこと。これが一番の収穫だった。経験せず頭で理解しようとしてもわからない体感覚が重要。

遊びすぎると、それよりもっとなんか「やったぜ!」的なことをやりたくなる。でも、頑張るとかそういうんじゃなくて、今楽しそうに思えることの選択肢が、ただ脱力するとかのんびりするとかってことじゃなくて、これやったら今すっごく自分の中で成長できる、ってことに向かう。やるべき、とか、やったほうがいい、が原動力の方向性じゃない。あ、これだったんか、というスムーズだけどすっごいパワフルななんかで動けるようになる。

遊んで暮らしたい人は、遊んで暮らすのがおすすめ。できないと思っているのは自分の中の制限だけで、やったらできる。

コツは、遊んで暮らすのを悪いことと思わないこと。どうやって暮らしても、すべて自由。良いも悪いも、自分の、周りの勝手な評価でしかない。

いいと悪いの枠をとりはずして、自分の中で求めることを素直にやってみる。

そんなことしたら将来どうなるか分からない、なんてことは考えても仕方ないということを知るために、じっくりそのことを考えてみる。将来のことばっかり心配してることこそ理屈に合わないってことが分かったら、ちょっと勇気出る。

周りの普通の人の言葉には耳を傾けない。

普通は、とか、当たり前、とかいう人は枠の中から出てない人。おかしいけど幸せそうな人、かっこつけてないけどなんか一緒にいて楽に呼吸できる人、マイペースでいい感じの人、がいたら話をする。相談する。間違っても、成功してるっぽさを出すために高いバッグとか車とか肩書とかひけらかしてる人はあてにしないこと。頑張る人は、頑張ることを強要する話しかできない。

頑張ることは、無理をうむ。

本当に自分が心からやりたいことなら、ほっといてもやっちゃう。逃げてても、結局やる状況に自分を追いやっちゃうこの不思議。自分で自分を追いやって、逃げられなくって苦しくてもう駄目だと思って反撃しようとしたら、まったく新しい場所にいたりする。すると、あらあら、今まで頑張らないとできないと思っていたことが、好きなことやってるだけでいいんだって分かって、無理も頑張りもいらないって肩の力が抜ける。

遊ぼう。全部うまくいくんだよ、人生は。

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