見たいと思う世界の変化にあなた自身がなりなさい、の世界とは?

ガンジーの言葉に「見たいと思う世界の変化にあなた自身がなりなさい」という言葉がある。この言葉にひかれて,ノートに書きつけては座右の銘として心に刻んでいた。

私が見たい世界の変化って何だろう、何度も自分にそう問いかけた。みんなが情報に惑わされずに自分の頭で考えられるような世界とか、人間が必要以上のものを求め続けない世界とか、いろいろ考えてはてらきちさんに話してきた。だから、そんな世界を作るために自分ができることがあるはず、と。

でもこの間、ふと気がついた。

「あ、世界の変化って、私のことだったんだ!」

私は「世界」という言葉を、自分を取り巻く周りの世界だと理解していたから、望む世界の変化を考えるときには、「世界」が主語になっていた。世界、というものがどうあってほしいか、それに自分がどう関われるか、という視点。その視点で考えると、いつも結論がはっきりせずモヤモヤしたままだった。

でも、もしかしてこの「世界」とは「私自身」のことじゃないのかと気づいたら、スコーンと視界がクリアになった。

世界=私、は、世界>私じゃない。

見たい世界の変化というのは、見たい自分の変化だ。世界というのは、まさに、自分自身から見た世のありようなのだから。世界があって自分があるんじゃない。自分がいるということが世界を成り立たせる要素なんだ。

だから、見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい、とは、私自身がどのような世界を生きるのか、それを自分自身で選べということ。

私は、みんなが情報に惑わされずに自分の頭で考えられるような世界を望んだ。ならば、私自身が情報に惑わされず考える人間になること。人間が必要以上のものを求め続けない世界を望んだ。ならば、私自身が必要十分を知り、求める必要のない豊かな暮らしを選ぶということ。

人の行動に文句を言う前に、自分が変わること。腹を立てる前に、解決策を実行すること。それが、世界をつくるということ。それは人の行動を変えようとするより、ものすごく大きなエネルギーになって、世界を変えていく。

世界である私が変われば、世界は変わる。

なんや私、もっともっと豊かで幸せになろうっと。

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