好きか嫌いかは頭で考えてわかることじゃない。氣が合うかどうか、それはただ感覚でとらえるだけ

家の近くのベトナム姉妹がはじめた台湾食堂。そこのお姉さんが私は好きだ。

話もたいしてしてないし、何がってわけじゃないけど好きだ。彼女も私が行くと「あぁ、来たのね」とでも言わんばかりに嬉しそうに笑ってくれて、その笑顔を見ると「この人もきっと私のこと好きなんだな」って感じる。

それがなぜか、なんてことは関係ないんだなぁとも思う。

これまでは、ビジネスに関係があるとか、話していて面白いとか得るものがあるとか、そういうことを基準に積極的に好きな人と好きじゃない人を選んでいた私だった。無意識にそうしていたから違和感も感じてなかったけれど、それはなんかさみしいなと今思う。

もっと、タンポポの綿毛がそっと飛んできて肩に触れるように、あるかなしかのかかわりで、だけどたしかにそこにある関係があってもいいんだな。

日本に帰ればかかわりはなくなるだろうし、ご飯を食べに行った時間以上のものを共有するわけじゃないけれど、それでいい。お店の人とお客さん、というよりすこし多めの気持がそこに行くたびに積み重なる。

そういうのが人生のあたたかさなのかな、などと思う半袖の台東の秋。

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