在り方から考える、選び方。自分の身体へ「尊重してるよ、大切にしているよ」と伝わるか。心がゆるんで、満ち足りて、暖かで安全な気持ちになるか

日本に帰ると決めて家を探したりしていたから、ここ最近の私の心は、すっかり日本にいた。毎日の時間を退屈に感じて、台湾の足りないところが目について。変化には勢いがいるから、好きだという気持ちも、もう嫌だなという気持ちも燃料ではあるけれど、そろそろ、今に心をもどそう。

足りないと思っていることを、今、満たそう。人生の仕組み的にいえば、今が足りないなら、未来も足りないままだ。そして、今を満たすものは物じゃない。在り方。

私にとって足りないと今思うもの、それは食環境だ。できるかぎり自分で自分に美味しいものを用意すること。では、一歩進んでみよう。

良い物を美味しく楽しく食べるということは、どういう在り方を満たすことになるんだろう?

良い物を美味しく食べる時、をイメージしてみる。とても暖かで安全な気持ちになる。心がゆるんで、満ち足りる。自分は大切にされていて、尊重されているという本能的な安心感。

私は、安全で美味しい食べ物を通して「自分を尊重して大切にしているという身体へのメッセージ」が得られると思っているんだな。ということは、必要なのは安全で美味しい食べ物を用意することじゃない。自分の身体へ「尊重してるよ、大切にしているよ」と伝えることなんだ。

「穏やかでつながって満ちている。自分という命への尊敬」これが、以前てらきちさんと探り当てた私の在り方。

身体を尊重するっていうことは、身体からの声をきくことだ。尊重するということは、その声を受け止めて生かすということだ。

では、まずはじめに大事なのは何を食べるかというところじゃない。

身体が何を伝えているか、聞くことなんだ!これまでの思考のクセで、簡単に「食べ物」という「やり方」に飛びついていたけれど、そのやり方さえも身体に聞くことが必要なのか。考えてみたら、どうして欲しいのか相手に聞くこと無く、相手が望むものを差し出せるわけがない。相手を知るために必要なのは、繰り返される対話だ。

在り方を探らず、やり方である「食べること」に飛びついて自分を満たそうとしていたから、これまでの私は太っていたのか、ということが今書きながら急に分かった。満たしたかったのは自分自身だけれど、やり方にとらわれて大事な真ん中を見落としていた。

必要なのは、自分の身体へ「尊重してるよ、大切にしているよ」と伝えること。そして、心がゆるんで、満ち足りて、暖かで安全な気持ちであること。

今すぐ。

いつか、始めるんじゃなくて、今。

何かを選ぶとき、行動するとき、自分の身体へ「尊重してるよ、大切にしているよ」と伝わるか。心がゆるんで、満ち足りて、暖かで安全な気持ちになるか。を基準にすること。

食べ物を選ぶとき、その時の気分だけに流されず、自分の身体へ「尊重してるよ、大切にしているよ」と伝わるか。心がゆるんで、満ち足りて、暖かで安全な気持ちになるか。を基準にする。

そうだな、とても気持ちいい選択だ。

今から、はじめよう。

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