何もしていなくても、何者でもなくても、人生は私を生かしてくれるだろう、という気がした

台風がきて、強い風がふいている。空はドラマチックに曇って動いている。雨が降ったり止んだりしていたけれど、15時を回った頃には、すっかり晴れて風だけが残った。

南側の庭に面した雨戸を開ける。水たまりが初夏の光をはじいて、古い桜の樹が大きく揺れていた。青空は明るく、綿を引き伸ばしたような不思議な質感の雲がはりついている。

湿気の抜けたすがすがしい風がふいて、樹樹の香りがして、景色の奥の方では借景の大木がさまざまに揺れていて、まるで森の中みたいだと思う。

てらきちさんが縁側を磨き、師匠(シーフー)が庭石の上で日向ぼっこをはじめた。私はそこにただ座って、てらきちさんの作業の邪魔をしている。

何もしていなくても、何者でもなくても、人生は私を生かしてくれるだろう、という気がした。生かしてもらえなかったとしたら、それでいい。何かであろうとしなくても、そのまんまで大丈夫なんだなぁ。

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