反省とは忘れること

本に出てきた「反省とは忘れること」という言葉がひっかかる。

反省するというのは、反復して省みると書く。なのに、忘れるとはどういうことだろう。

そういうことを考えながら本を読んでいて、私はなんて重たいんだろう、とふと思った。考えすぎて、理由をつけすぎて、深追いしすぎて、分かった気になっていた。

反省という言葉と同時に浮かぶ後悔があって、忘れる、ということに思いをはせてみると、急に気持ちが軽くなった。忘れても、いいんだ。反省しなくてはいけないようなことは忘れずにいて、ちゃんと教訓としなくてはいけない、いつの頃からかそれを当たり前だと思い込んでいた。

疑ったこともなかった。

自分がこうすればもっと結果は違っただろう、うまくいったかもしれない、迷惑をかけることもなかったかも、そうして思い出すたびにズシンと重かったことごと。

忘れても、いいのか。

だったら、私のいままでの考えはどれもきっと重すぎたんじゃないだろうか。反省でさえ、忘れてしまっていいのなら、どんなことだって重くとらえて何度も反芻して自分を痛めつけるのをやめていいのかもしれない。しがみついて握りしめることが思いの強さだとか、苦しみをとどめることが懺悔のように考えていたこと自体が思い込みだったとしたら。

生きることはもっと自由で軽くなる。

許さないのは世間じゃなく、自分だったのか。

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